171日目:存在価値感が低い人のためのダイエット法(仮説)
2024/5/23の記録
(大体1日~2日遅れで、当日のタスクシュートとメモを見ながらまとめています)
機能的価値(デキル)と存在価値(アル)
169日目:脳内鬼上司にプランを立てさせない方法 に書いた「母親から見えないわたし」の続きの気づき。
母が理解できる部分のわたしだけしか認識されなかったってことは、子どものわたしからすると存在を無視されていたのと同じように感じたのかもしれない。そう考えるのは初めてだけど。当時は母親が心配しないように自分で仕向けた自覚があったから、気づいてもらえない悲しみなんて認識していないよね(むしろ、隠しおおせたと喜んでる)。
いくら「機能」的価値を褒められても、本能的には満たされない。だから、「存在」を承認されたくてがんばるけど、機能的価値しか認められたことがないなら、存在を承認されるための方法なんてわからなくて当たり前だよね。
たぶん、嘘をつかないことがそれなんだよ。でも、嘘をつく(取り繕う・弱みを隠す・悩みがないフリをする)ことで承認を得てきたと思っているから、今かりそめにも受けられているわずかな承認を手放すなんて無理だよね。そりゃ、にっちもさっちもいかないよね。
母親が正しいと思った理由
そうだとしても、早いうちに「うちの母親はどこかおかしい」と気が付いていれば、ここまでこじらせることはなかったのだろう。
うちの場合、父親は明らかにおかしい(発達障害的な意味で)、母親は一見まとも、母親はいつも父親の悪口を言っているという環境で、母親が正しいと思ってしまった。母親の側に立つという生存戦略もあっただろう。
今思えば父は社会に脅えてない、脅えているのは母親だけだった。父は曲がりなりにも社会で家族が食べていける分のお金を稼いでいて、母はそうではなかった。それなのに私が本当の現実を見ずに「父はダメ、母が正しい」と思って、母の「世間は怖い」という世界観を継承してしまった。
自分がいないところで自分はめちゃくちゃにけなされているはずだ、いやー世の中って本当に怖いところですね、と、結構最近まで真面目に思っていた。わたしが深い人付き合いを避けていたから、世界観が書き換わらなかった。書き換わるチャンスは、今思えばたくさんあったのに。

先延ばし癖の克服に固執する理由
わたしがなぜここまで先延ばし癖に悩んで、その改善にやっきになっているのかが見えてきた。
特にここ数年はすべてを先延ばし癖の克服のために捧げてきて、いくつも試したアプローチの中で、一番本質的な変化を感じたのがタスクシュートだったのだけど、そのタスクシュートの使い方もすぐおかしくなってしまう(のはいつも書いているとおり)。
先延ばし癖の克服に固執し続ける理由。それは、いまだに出せていない仕事があるからというのはもちろんなんだけど、「先延ばししないこと」つまり「毎日やろうと思ったことができること」が私にとって機能的価値の追求になってしまっているのだと思う。
タスクシュートって、1日の終わりにはこういうリストが出来上がる。
「できた」
「できた」
「できた」
「できた」
「できた」
「できた」
「できた」
「できた」
「できた」
「できた」
「できた」
細かくログを付けた日にはこれが100個以上並ぶ(簡略化してるけど、本当はここに内容と開始・終了時間が加わる)。
それこそが、私が自分の価値だと私に「見えている」機能的価値よね。
存在価値とは関係ない。そしてわたしが本当に欲しているのは存在価値の方なのだろう。
だから未実行タスクが0になったとき、自分の価値が最高になった気がした。
機能的価値をすべて手放しても生きていていいと思える?
むしろ、存在価値は、機能的価値を削ぎ落としたところに残るものだろう。
「何もできなかったとしても、生きていて良いと思える」
その状態を目指しているのだろう。
そうだとしたら、タスクの断捨離は、存在価値を高める取り組みとも言えるかもしれない。

花は未練なく散ることで次のサイクルへと進む
タスクをやめるのがモヤモヤするなら、その感情をじっくり味わう、とか、そっちの方向性なんだと思う。
「出す」「出さない」と体重はつながっている?
今まで、目に見えるものをプラスする方向ばかりにとらわれていた。私は存在価値が薄い(と感じている)から、その反動で、目に見える強そうなもので自分を取り囲みたかったのだろう。ADHDで「続けられない」から、「続けられる」自分になりたかったのだろう。私のすべての行動のベースにあるのは欠乏感で、外から「取り入れる」ことばかりに意識がいっていた。
それは、最近80kg前後から動かない体重とも、メタファー的な意味でつながっているかもしれない。
そういえば、動画からブログに切り換えて良かったのは「出したいけと出せない」が解決したこと!!!
これまでは、毎日1時間くらいかけて記録のために動画を撮るのに、夫の動画編集が全然進まず(仕事を優先すると言われればそれまで)100本以上未編集の動画が積み上がって、ずっと「出したいけと出せない」って思ってた。そんなワードが毎日頭をまわってたなんて、今考えると恐ろしい。
でも、ブログに変えてからは逆で、今思っていることを「出してる!」感をいつも感じている。
体重とは違う部分で「出せてない」ところを「出す」に変える、というのは、体重とどこかでつながってそう。
つまり、今の仮説としては、タスクの断捨離(もう少し抽象的に言えば、溜め込んでいる、隠している、しがみついているなどの「出していない」ことを「出す」こと)は存在価値の底上げにつながる。存在価値が高まれば痩せる!(笑)
インフルエンサーMBTI早見表
たしかに、自分と同じMBTIの人の生き方を参考にするのはかなり良さそう!
まぁ、、、でもまずは、母親問題から解放されることが先決か。
やったこと
体重記録

